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一、噂
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今日も隣の部屋から柔らかいギターと歌声が聞こえてくる。37.5℃の憂いを含んだ声と凝りすぎてないメロディが、心地よく耳の下を撫でる。
今日も隣人の生み出す音楽をBGMに、簡単な夕飯を作る。今日は冷しゃぶサラダと冷凍の細うどん。細うどんはごま油とポン酢と黒コショウ、それから卵と白菜とカイワレとえげつない量の青ネギをぶち込んでやれば完成である。もはやうどんではない。
音がこもっていて歌詞こそ聞き取れないが、ギターと大体のメロディが聞こえれば十分に楽しめた。一緒に住んでいる彼女らしき声も聞こえる。たまにハモっていて、彼女もまた上手いので至高である。
「ねぇ、見て月が緑だよ」
「んなわけないじゃん、頭湧いてんじゃないの」
「えー見てよー、あと三秒で引っぱたくよー」
今日もあちらは平和らしい。
黒い流れ星が頻出するようになってからここ数年、ある夢によって親しい人との記憶がどんど消えていくという「紺中夢」が流行している。
僕はここから数キロ離れたところにある印刷会社に勤めているのだが、その職場で昨日一人の発症が確認され、彼女と何らかの関わりがあった職員やアルバイトはしばらく休暇を取ることになった。彼女があまり社交的ではなかったのが幸いして、完全な人手不足になることはなかったものの、同僚によると社内は何かと重い空気が充満しているらしい。
紺中夢によって忘れられた側が些細なきっかけで発症するケースが多くみられるので、発症者の家族や配偶者、親戚などは出来るだけ早く休暇を取るというのが一般化されてきた。
彼女は僕の恋人だった。
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